概要
遠距離通信が広がる中で使われた暗号具と、現代にも残る鍵管理の考え方について説明する。
この時代には、18世紀末のジェファーソン・ディスク、19世紀の電信やモールス信号、20世紀初頭のバーナム暗号によって、暗号の考え方が大きく変わった。
暗号は、手紙に書いて運ぶものから、遠くへ素早く送られる信号を守る技術へと変化していく。
この記事で理解できること
- 電信によって、暗号が「手紙を隠す技術」から「通信を守る技術」へ変わった流れ。
- ジェファーソン・ディスクや円筒式暗号が、機械式暗号の考え方につながる理由。
- ケルクホフスの原理が、現代暗号の考え方に残っている理由。
- バーナム暗号とワンタイムパッドの違いと、運用上の難しさ。
- 無線通信を守る暗号運用へつながる背景。
混乱しやすい点
| 混乱しやすい点 | 整理する観点 |
|---|---|
| モールス信号と暗号 | モールス信号は文字の表現方法であり、秘密を守る暗号そのものではない。 |
| 円盤式暗号とローター式暗号 | 円盤式は対応表を手で切り替える道具、ローター式は入力に応じて対応表が変わる機械として考える。 |
| 方式を隠すことと鍵を守ること | 近代暗号では、方式よりも鍵を守る考え方が重要になる。 |
| バーナム暗号とワンタイムパッド | バーナム暗号は信号と鍵を組み合わせる考え方、ワンタイムパッドは完全ランダムな鍵を一度だけ使う運用条件が重要。 |
通信を守る暗号の考え方(18世紀末 - 1917年)
- 概要
18世紀末には、円盤を組み合わせる暗号具が考案され、暗号を物理的な道具で扱う考え方が発展した。
19世紀になると、電信の普及によって情報を遠くへ短時間で送れるようになった。しかし、通信線や無線を通る情報は、途中で傍受される可能性がある。
そのため、通信速度が上がるほど、暗号の重要性も高まっていった。 - 通信が高速化したことで起きた変化
電信や無線によって通信が速くなると、暗号技術には次のような変化があった。
- 電信によって通信が高速化する。
- 暗号文が遠距離へ送られるようになる。
- 暗号の仕組みよりも鍵を重視する考え方が強まる。
- 円盤や円筒を使う機械式暗号具が発展する。
- 無線通信を守る暗号運用へつながる。
ジェファーソン・ディスク(1790年代)
- 概要
ジェファーソン・ディスクは、複数の円盤を軸に通した暗号具となる。
1790年代にトーマス・ジェファーソンが考案したとされ、後の円筒式暗号具の先駆けとして理解できる。各円盤にはアルファベットが異なる順番で書かれている。
円盤を回して平文を一列にそろえ、その別の列を暗号文として読む。 - 仕組み
例えば、平文として
ATTACKをそろえるとする。円盤1 -> A 円盤2 -> T 円盤3 -> T 円盤4 -> A 円盤5 -> C 円盤6 -> Kその状態で、別の行に見えている文字列を暗号文として送る。
受信側は同じ順番の円盤を使い、暗号文の行をそろえて、別の行に現れる平文を探す。これは、複数の換字表を物理的な円盤として扱う暗号具と考えると分かりやすい。
電信とモールス信号(1830年代 - 1840年代)
- 電信の影響
電信は、文字を電気信号として遠くへ送る通信技術となる。
1830年代から1840年代にかけて実用化が進み、1844年にはモールス式電信による有名な公開通信が行われた。これにより、命令やニュースを短時間で送れるようになった。
一方で、通信を中継する人や通信線にアクセスできる人が内容を見る可能性も生まれた。 - モールス信号と暗号
モールス信号は、点と線の組み合わせで文字を表す。
例えば、説明用に表すと次のようになる。
A : ・- B : -・・・ C : -・-・モールス信号は文字の表現方法であり、それ自体は暗号ではない。
そのため、秘密を守るには、送る内容をあらかじめ暗号文にしておく必要がある。平文 -> 暗号化 -> モールス信号で送信
ケルクホフスの原理(1883年)
- 概要
ケルクホフスの原理は、近代暗号の重要な考え方となる。
1883年にオーギュスト・ケルクホフスが軍事暗号に関する考え方として示した。簡単に言えば、暗号方式そのものが知られても、鍵が守られていれば安全であるべきという考え方を指す。
- 仕組みを隠す暗号との違い
古い暗号では、暗号方式そのものを秘密にすることが重視される場合があった。
しかし、暗号方式が敵に知られた瞬間に破られるなら、その暗号は長く使い続けにくい。
そこで、方式は知られてもよく、鍵だけを秘密にするという考え方が重要になる。考え方 守るもの 弱点 方式を秘密にする 暗号の仕組み 仕組みが漏れると危険になる。 鍵を秘密にする 鍵 鍵管理が重要になる。 この考え方は、現代暗号でも非常に重要となる。
円盤式・円筒式暗号(19世紀 - 20世紀初頭)
- 円盤式暗号
円盤式暗号は、文字が書かれた円盤を回転させ、平文と暗号文の対応を変える方式となる。
円盤を一つだけ使う場合は、シーザー暗号に近い。
しかし、複数の円盤を使うと、文字ごとに異なる対応表を使いやすくなる。 - 円筒式暗号
円筒式暗号は、円盤を重ねたり、筒状に並べたりして使う暗号具となる。
文字の対応を手作業で作るだけでなく、道具の配置や順番そのものを鍵として扱える。
これは、後のローター式暗号機に近い考え方となる。円盤の順番 -> 鍵の一部 円盤の回転位置 -> 鍵の一部 読み取る行 -> 鍵の一部
バーナム暗号とワンタイムパッド(1917年)
- バーナム暗号
バーナム暗号は、1917年に電信通信を暗号化するために考案された方式となる。
平文の信号に、鍵となる信号を組み合わせて暗号文を作る。
受信側は同じ鍵を使って元の信号に戻す。\[ {\small C_i = P_i \oplus K_i } \]ここで、\(P_i\) は平文の信号、\(K_i\) は鍵の信号、\(C_i\) は暗号文の信号を表す。
\(\oplus\) は、ビットごとの排他的論理和のような組み合わせを表す記号として使っている。 - ワンタイムパッド
ワンタイムパッドは、メッセージと同じ長さの完全にランダムな鍵を一度だけ使う方式となる。
条件を正しく守れば、理論上は解読できない暗号となる。
- 鍵が完全にランダムとなる。
- 鍵がメッセージと同じ長さとなる。
- 鍵を一度しか使わない。
- 鍵を安全に共有する。
ただし、実際には鍵の配布と管理が非常に難しい。
そのため、強力だが運用が難しい暗号として理解すると分かりやすい。
機械暗号へつながる課題
- 通信量の増加
近代通信によって、命令や外交文書は以前より速く送られるようになった。
その一方で、通信を傍受される危険も増えた。
第一次世界大戦期には、無線通信の利用が広がり、暗号と解読の重要性がさらに高まる。 - 機械式暗号への流れ
円盤式・円筒式暗号や電信向けの暗号は、暗号を手作業だけでなく道具や機械で扱う方向へ進めた。
この流れは、第一次世界大戦期の手作業暗号と、第二次世界大戦期の本格的な機械暗号の間をつなぐものとなる。
実務とのつながり
- 鍵管理
ケルクホフスの原理は、方式ではなく鍵を守るという現代暗号の基本につながる。 - 通信経路の保護
電信や無線のように通信が速く広がるほど、途中で読まれるリスクも意識する必要がある。 - 運用の難しさ
ワンタイムパッドは理論上強力でも、鍵の配布と再利用防止が難しい点が実務上の課題となる。
要約
- 1790年代のジェファーソン・ディスクは、円盤を使う機械式暗号具の先駆けとなる。
- 1830年代から1840年代にかけて、電信とモールス信号によって通信速度が大きく向上した。
- 1883年のケルクホフスの原理は、暗号方式ではなく鍵を守るという近代暗号の考え方につながる。
- 1917年のバーナム暗号とワンタイムパッドは、信号と鍵を組み合わせる近代的な考え方を示している。
- 通信の高速化と機械式暗号具の発展は、無線通信を守る暗号運用へつながっていく。