概要
無線通信が広がると、通信は遠くへ届きやすくなる一方で、敵にも傍受されやすくなる。手作業の暗号、ADFGVX暗号、ツィンメルマン電報、チョクトー・コードトーカーを例に、暗号と解読がどう変わったかを説明する。
1914年から1918年頃は、紙とペンで扱える暗号がまだ主流だった。
しかし、通信を傍受される前提で暗号を考える必要が強くなり、暗号を作る技術と解く技術の両方が大きく発展した。
この記事で理解できること
- 紙とペンの暗号から機械暗号へ移っていく理由。
- プレイフェア暗号とADFGVX暗号の基本的な仕組み。
- 無線通信の普及によって、暗号解読の重要性が高まった背景。
- ツィンメルマン電報が政治判断に影響した流れ。
- チョクトー・コードトーカーが後の言語コード通信につながる理由。
混乱しやすい点
| 混乱しやすい点 | 整理する観点 |
|---|---|
| プレイフェア暗号とADFGVX暗号 | プレイフェアは2文字1組の換字、ADFGVXは換字と転置を組み合わせる方式。 |
| 暗号とコードブック | 文字単位で変換するのが暗号、単語や語句を番号などに置き換えるのがコードブックに近い。 |
| 無線通信と安全性 | 無線は速く届くが、敵にも傍受されやすいため暗号化が重要になる。 |
| エニグマの位置付け | エニグマは第二次世界大戦で有名だが、第一次世界大戦期の通信経験が機械暗号への流れを作った。 |
無線通信で暗号が重要になった理由
- 概要
1914年から1918年頃の戦時通信では、前線の命令、外交電報、部隊間の連絡などを守るために暗号が使われた。
無線通信は遠くまで素早く情報を送れる一方で、敵にも傍受されやすい。
そのため、通信をそのまま送るのではなく、暗号文に変換してから送る必要があった。 - この時点での特徴
後に有名になる本格的なローター式暗号機は、まだ主流ではなかった。
その代わり、次のような暗号が多く使われた。
- 紙とペンで扱える換字式暗号
- 文字の並び順を変える転置式暗号
- 換字と転置を組み合わせた暗号
- コードブックや合言葉を使う通信
つまり、この時期は、手作業の暗号から機械暗号へ移っていく入口として位置付けられる。
紙とペンで扱う前線向けの暗号
- プレイフェア暗号(Playfair Cipher)
プレイフェア暗号は、\(5 \times 5\) の表を使い、文字を \(2\) 文字ずつ変換する暗号となる。
通常の換字式暗号では、
AをDのように \(1\) 文字ずつ置き換える。
一方、プレイフェア暗号では、ATのように \(2\) 文字を一組として扱うため、単純な文字頻度だけでは読みにくくなる。 - プレイフェア暗号の仕組み
まず、合言葉を使って \(5 \times 5\) の表を作る。
例えば、合言葉をCIPHERとすると、重複を除いた文字を先に並べ、その後に残りのアルファベットを続ける。1列目 2列目 3列目 4列目 5列目 C I P H E R A B D F G K L M N O Q S T U V W X Y Z 平文を \(2\) 文字ずつに分け、表の位置関係で変換する。
- 同じ行にある場合
それぞれ右隣の文字に置き換える。
- 同じ列にある場合
それぞれ下の文字に置き換える。
- 行も列も違う場合
長方形の対角にある文字へ置き換える。
例えば、
ATを見ると、AとTは行も列も違う。
この場合、長方形の反対側にある文字を使って、別の \(2\) 文字に変換する。 - 同じ行にある場合
- ADFGVX暗号
ADFGVX暗号は、ドイツ軍が使用した暗号で、換字と転置を組み合わせた方式となる。
名前の
A、D、F、G、V、Xは、暗号文に使う \(6\) 種類の文字を表す。
モールス信号で聞き間違えにくい文字を使うという実用上の理由もあった。 - ADFGVX暗号の仕組み
ADFGVX暗号は、次の \(2\) 段階で暗号化する。
- 換字
文字を
A、D、F、G、V、Xの組に置き換える。- 転置
置き換えた文字列を、鍵に従って並べ替える。
まず、\(6 \times 6\) の表を用意する。
行と列にA、D、F、G、V、Xを付け、アルファベットと数字を表の中に入れる。A D F G V X A A B C D E F D G H I J K L F M N O P Q R G S T U V W X V Y Z 0 1 2 3 X 4 5 6 7 8 9 この表では、
AはAA、TはGD、5はXDのように表せる。
その後、得られた文字列をさらに並べ替えるため、単純な換字式暗号よりも解読が難しくなる。 - 換字
機械暗号へ向かう流れ
- 円盤式暗号
円盤式暗号は、内側と外側の円盤を回転させ、文字の対応関係を作る道具となる。
例えば、外側に平文のアルファベット、内側に暗号文のアルファベットを並べる。
内側の円盤を \(3\) 文字分ずらすと、シーザー暗号のような置き換え表を作ることができる。外側 : A B C D E F G 内側 : D E F G H I Jこの状態では、
AはD、BはE、CはFに変換される。
円盤を回せば、対応関係をすぐに変えられる点が特徴となる。 - 円盤式暗号から機械暗号へ
円盤式暗号は、手作業の暗号を扱いやすくする道具だった。
しかし、円盤を一つだけ使う場合、対応関係は比較的単純になる。そこで、複数の円盤やローターを組み合わせ、文字を入力するたびに対応関係が変わる仕組みが考えられるようになった。
この発想は、後のローター式暗号機へつながっていく。 - エニグマの誕生
エニグマの原型は、第一次世界大戦の終盤から直後にかけて登場した。
第一次世界大戦では、無線通信が傍受され、紙とペンの暗号やコードブックだけでは限界が見え始めた。
その経験が、より複雑で自動化された機械暗号を求める流れにつながった。つまり、エニグマは第二次世界大戦で有名になった暗号機だが、その背景には第一次世界大戦期の通信と解読の経験があった。
解読が外交を動かしたツィンメルマン電報
- 概要
ツィンメルマン電報は、第一次世界大戦中にドイツ外相アルトゥール・ツィンメルマンがメキシコへ送った暗号電報となる。
この電報では、メキシコに対してアメリカへの参戦を促す内容が含まれていた。
もしメキシコがドイツ側につけば、アメリカは自国の南側にも注意を向ける必要があり、ヨーロッパへの参戦判断にも影響を与える可能性があった。 - 解読の流れ
イギリスの暗号解読組織である40号室(Room 40)は、この電報を解読した。
流れを単純化すると、次のようになる。
ドイツが暗号電報を送る -> イギリスが通信を傍受する -> 40号室が暗号を解読する -> 内容がアメリカに伝わる -> アメリカの参戦世論に影響する暗号そのものの仕組みだけでなく、解読された情報が政治や戦争の判断に影響した点が重要となる。
- 暗号解読が与えた影響
ツィンメルマン電報は、暗号解読が政治判断を動かした代表的な例となる。
暗号通信は、送信者にとっては安全な通信手段のつもりでも、解読されると非常に大きな影響を持つ。
この出来事は、暗号技術だけでなく、通信の経路、傍受、外交判断が密接に関係することを示している。
言語そのものを使うチョクトー・コードトーカー
- 概要
チョクトー・コードトーカーは、アメリカ軍がチョクトー族の言語を通信に利用した例となる。
第二次世界大戦のナバホ・コードトーカーが有名だが、第一次世界大戦でも、先住民族の言語を使った通信が行われた。
当時のドイツ軍にとってチョクトー語は理解が難しく、通常の暗号表とは異なる強さを持っていた。 - 仕組み
チョクトー・コードトーカーでは、部隊の移動や砲兵に関する連絡を、チョクトー語を使って伝えた。
仕組みを単純化すると、次のようになる。
英語の命令 -> チョクトー語に置き換えて送信 -> 受信側のチョクトー語話者が英語の意味に戻すこれは機械を使った暗号ではない。
しかし、敵がその言語を知らなければ、通信内容を短時間で理解することは難しくなる。 - 特徴
- 機械や複雑な表を必要としない。
- 通信速度が速い。
- その言語を理解できる人が限られる。
- 軍事用語をどう表現するかは、運用上の工夫が必要となる。
この方式は、後のナバホ・コードトーカーにもつながる考え方となる。
手作業暗号と初期の機械化を比較する
- 代表的な暗号と出来事
ここまでの内容をまとめると、次のようになる。
名称 種類 主な利用・意味 特徴 プレイフェア暗号 手作業の換字式暗号 前線通信 2文字1組で変換する。 ADFGVX暗号 換字 + 転置 ドイツ軍通信 置き換えた後に並べ替える。 円盤式暗号 暗号補助具 文字対応の切り替え 円盤を回して対応表を変える。 ツィンメルマン電報 外交暗号の解読事例 外交・参戦判断 解読が政治判断に影響した。 チョクトー・コードトーカー 言語を利用した通信 前線での即時通信 チョクトー語を利用して内容を隠した。
実務とのつながり
- 通信の傍受リスク
無線やネットワーク通信では、通信経路を信頼しすぎず、内容を守る設計が重要になる。 - 運用ミスの影響
暗号方式が強くても、定型文や鍵の使い回しがあると解読の手がかりになる。 - 情報漏えいの影響範囲
ツィンメルマン電報のように、1つの通信内容が組織判断や社会的影響につながる場合がある。
次の機械暗号へ残った課題
- 手作業の限界
第一次世界大戦期には、手作業の暗号が多く使われた。
しかし、無線通信が普及すると、敵に傍受される通信量も増え、暗号解読の対象も増えていった。暗号が複雑になるほど、送信側も受信側も素早く処理することが難しくなる。
そのため、暗号化と復号をより速く、より複雑に行う機械への需要が高まった。 - 機械暗号への流れ
第一次世界大戦期の経験は、第二次世界大戦期の機械暗号へつながっていく。
具体的には、次のような流れとなる。
- 無線通信が増える。
- 通信が傍受されやすくなる。
- 手作業の暗号だけでは限界が見える。
- 暗号機や解読機械の重要性が高まる。
その結果、第二次世界大戦期には、エニグマのようなローター式暗号機と、それに対抗する解読機械が重要な役割を持つようになった。
要約
- 1914年から1918年頃は、紙とペンの暗号から機械暗号へ移る過渡期となる。
- プレイフェア暗号やADFGVX暗号のように、手作業でも複雑な暗号が使われた。
- ツィンメルマン電報は、暗号解読が政治判断に大きな影響を与えた代表例となる。
- チョクトー・コードトーカーは、言語を利用した暗号通信の先駆けとなる。
- 無線通信と解読の経験は、後の機械暗号と解読技術につながっていく。